私たちは祈るだけじゃなく、無力でもない

このブログのタイトルは「僕等は人生における幾つかの事柄において祈ることしかできない」だけど、今、私は「祈ることしかできない」なんて思ってない。

東北では今も必死の救出作業が続いている。

私の実家は福島にある。高校までの18年間を私は福島で過ごした。小中高を共に過ごした同級生も、初恋の人も東北に居る。

大阪に居る私へ福島から何通かのメールが届いた。無事を知らせるメール。そして届いて欲しいけれどまだ届かないメールもある。今、インターネットで世界中の人が日本を応援してくれていて。その中に「日本人は強い大丈夫。」という言葉を何度も見る。心強い。そして、私は思う。東北の人間は強いよ。大丈夫。あれだけの雪と寒さに耐えて堪えて生活してきた精神力。それは、あそこで生きていた私がちゃんと知っている。

それでも被災した状況で3月の寒さはこたえるだろうし、命にもかかわる。だから救出作業が進むのを祈っている。1人でも多くの人が助かるように祈っている。

でも祈るだけじゃない。関西に居る私でも微力だとしても無力ではない。それは例えば、献血に行くこと。正しいルートで募金をすること。こうしてネットに言葉を書くこと。そして何よりできるだけ普段通りの生活を送って、これからくる復興の時期のために仕事をすること。税金を納める。経済を停滞させないようにする。

Twitterでも呟いたけれど、「被災地が心配で高速を使わずにでも自動車で行くと言う人が周りに居たら絶対に止めてください。阪神大震災の時にはそれで渋滞が起き救援活動や救援物資の配達に支障が出ました。数少ない動いているインフラを止めないで。二次被害の可能性もあります。震災を経験して東北に家族の居る身からのお願いです」。(twitter id=nukaga

私だって飛んでいきたい気持ちでいる。父母の近くに居て力づけられたら、瓦礫の片づけを手伝えたらその方が自分の気持ちは楽だと思う。でもそれは「自分の気持ちは」でしかない。できることはもっと他にある。適切な、できること。できる事の中には、「したくてもしちゃいけない事をやらない」ってのも含まれる。

そしてできることはする。献血に行く。正しいルートで募金をする。そして、できるだけ普段通りの生活を送って、これからくる復興の時期のために仕事をする。税金を納める。経済を停滞させないようにする。

私たちは祈るだけじゃなく、無力でもない。

東北は勿論だけど、東京や他の地域でも、色々不安になってる人は多いと思う。「被災地に比べて」じゃなくて不安は不安。もし甘えられる人が近くに居るなら甘えて。守らなきゃいけない命があっても気を張り過ぎずに。

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私たちは祈るだけじゃなく、無力でもない。