ハゴロモ

失くしたくないとしがみつくんじゃなくて、失くしてもそれが大事なものだったらもう一度手に入れたいって考えたらいいんだ。
そしてそれは、林檎が地面に落ちるように、必要だったら「そうなる」ものな気もしている。

いつも自分の偏狭さや頑なさと向き合っている。
傷つくのが嫌で手を放すのが癖になっていないか。

写真を消した場所に1枚だけまたあげた。

撮ってもいいよって言ってくれる人や場所があって。
撮りたいと想っている。
それはとてもとても幸福なことだ。
ここのところ、ずっと自分の未熟さに苛立って、悲しくなって、じくじく膿んだ傷を抱えるようにしてたけれど。
風をあてて乾かしたい。

「ごめんなさい」より「ありがとう」を多くしたいんだ。