Bessaflex TM + CARL ZEISS JENA FLEKTOGON 35mm/F2.4 + Kodak PORTRA 160nc
FMから流れてくる知らない音、自分以外の人間が立てる生活音、ゆっくりと差し込む夕暮れの光。そんなものが混ざって、なんだかわからないけれど胸が切なくなった。時々そういう瞬間がある。そんな時に思い出すのは、小さい頃、父の運転する車の後部座席、寝転がって見た空だったりする。車酔いと眠さとが相俟ってうつらうつらと遠くなる意識の外で、ラジオから流れる知らない曲、母と父の話し声。父は運転が好きな人だったので、休みの日何処かに出かけると言ったら移動は全て自動車だった。朝は私より遅く、夜は深夜にならないと帰ってこない父との接点は、そんなたまにのお出かけで、でもだからと言って無口な父は私と積極的に関わるわけでもなく母とばかり話していた。私は父も母も苦手で、やっとそれが解けてきたのがここ2年ぐらいなのだけど、そんな中なのに、ふとした瞬間に思い出すのが、あの車の後部座席だというのは不思議に思う。
そんな風に、記憶というのは、意図していないものが残っていたりする。自分の心ですらそうなのだから、誰かが私について想い出す時はきっと、想い出して欲しいことじゃなくて、もう忘れて欲しいというようなことだったり、なんでそれを覚えてるの、というようなことだったりするんだろうな。
忘れて欲しい。でも忘れないで欲しい。そんな矛盾。